応用言語学データ分析論b-2016

講師志波彩子 准教授
開講部局文学部/国際言語文化研究科 2016年度 後期
対象者大学院生 (2単位週1回全15回)

授業の工夫

授業では,実際の用例収集と分類・分析方法を訓練するために,国立国語研究所で公開されている中納言や ChaKi などのコーパス検索ツールを用いて,参加者自身が用例を収集する。用例の収集については,基本的な操作を授業の中でスライドを見せながら示している。また,参加者には Microsoft Excel の基本的な使い方を知らない人も少なくないので,収集した用例をエクセルファイル上でどのように分類し,処理し,計算するか,という基本操作を,その都度スライドを見せながら解説している。同時に,エクセル上の用例の 1 例 1 例に目を通しながら,そこにどのような「構造パターン」があるか,またその構造パターンはどのような意味・機能を持っているかを参加者とともに考え,見つける訓練をしている。

授業は講義と演習を並行して行う。参加者は,割り当てられた形式についてコーパスから用例を集め,分類し,レジュメにまとめる。レジュメは授業の 3 日前までに共有フォルダーにアップし,全員が授業までにそのレジュメに目を通してくる。授業当日は,発表者は 10 分程度で概要と要点を発表し,その後は全体で議論する,というやり方を取っている。また,発表者が分類したエクセルファイルの用例をスライドで見ながら全員で検討し,そこにどのような構造的特徴があるかを,常に実例を見ながら議論するよう心掛けている。

授業の目標

この授業では,文の構造の中核的な存在である動詞に焦点を当て、動詞構文の意味的・構造的特徴と各動詞構文の相互の関係に関する理解を深め,また,異なるジャンルのコーパスから収集した実例の 1 例 1 例を精査し,言語の形と意味の関係を丁寧に考察する訓練をつむことで,高度な言語分析能力を養うことを目的としている。

日本語の動詞構文については,研究の蓄積が非常に多い。近年,そうした研究の成果をまとめた様々なレベルの多様な文献を入手できるようになった。いろいろなアプローチの様々な理論を学び,すでに明らかにされた文法の大枠を知識として持つことも言語学にとって必要ではあるが,単に文献を読むことだけでは言語を分析する力は養われない。理論も文法に関する知識も,本来言語を分析するための道具である。重要なのは,同時に実際の言語データ (現象)を分析し,そこから一般的な法則を見出す力をつけることであり,そうした力は実例の分析を通してしか養われない。

本講義では,多義の動詞や,テンス・アスペクト (シテイル),ヴォイス (使役構文と可能構文),ムード (証拠性に関わるヨウダとラシイ)を取り上げ,それぞれの先行研究の重要なものを講読し,意味と形 (構造)との関係を理解する。その上で,コーパスから収集した用例を先行研究が提示した分類の枠組みに沿って参加者各自が分類することを試みる。論文の中で簡素化された典型的な例文に比べ,実際のデータに現れる文の 1 つ 1 つは,文構造や文脈構造の要請によってさまざまな形で現れるため,分類は決して容易ではない。また,実際のデータは,従来の分類の枠組みや説明が決して十分ではないことも教えてくれる。実際の用例の 1 例 1 例といわば「格闘」し,何が典型なのか,何が周辺なのか,それはなぜ周辺的なのか,といったことを,分類作業を通して考えることで,言語を分析する確かな目が養われるだろう。実例の 1 例 1 例と深く向き合い,対象に沈潜することで,文を構成する様々な形式の何に注目すればいいのか,また,文の最終的な意味はどのように決定されるのか,ということを次第に理解し,日本語だけでなくあらゆる言語を見る感性や勘を磨くことができると考える。このような言語の形式 (構造)と意味との関係を探る訓練を通して,日本語のさまざまな表現に対する理解と分析能力を養い,高度な日本語教育への応用を目指す。

教科書

なし

参考書

  • 工藤真由美 (2014)『現代日本語ムード・テンス・アスペクト論』ひつじ書房
  • 尾上圭介 (編) (2004)『朝倉日本語講座 文法 Ⅱ』朝倉書店
  • 寺村秀夫 (1982)『日本語のシンタクスと意味 Ⅰ』くろしお出版
  • 渋谷勝巳 (2002)「可能」大西拓一郎編『方言文法調査ガイドブック』国立国語研究所
  • 志波彩子 (2015)『現代日本語の受身構文タイプとテクストジャンル』和泉書院

授業計画

以下を予定しているが,参加者の関心や理解度によって,随時変更の可能性がある。

講義内容
第 1 回 ガイダンス,動詞構文について,構文とは何か (体系・構造・要素)
第 2 回 日本語のテンス・アスペクトの分類 (先行研究概観)
第 3 回 「V-シテイル」の用例分析 1
第 4 回 「V-シテアル」の用例分析 2
第 5 回 使役構文の分類 (先行研究概観)
第 6 回 使役構文の用例分析 1
第 7 回 使役構文の用例分析 2
第 8 回 可能構文の分類 (先行研究概観)
第 9 回 可能構文の用例分析
第 10 回 可能構文の用例分析
第 11 回 証拠性を表わすラシイとヨウダの分類と相違 (先行研究概観)
第 12 回 ラシイの用例分析
第 13 回 ヨウダの用例分析
第 14 回 テキスト別 (文体別)の用例の割合とその意味
第 15 回 まとめ

成績評価

平常点 (授業中の発言・討論) (30%)、担当回の発表 (30%)、期末のレポート (40%)


投稿日

May 08, 2020