ドラマ研究概論b/国際多元文化演習b-2012

講師村主幸一 教授
開講部局文学部/国際言語文化研究科 2012年度 後期
対象者大学院前期課程及び後期課程 (2単位週1回全15回)

授業の内容

  1. 現代人がフィクションに向かう姿勢は近代小説によって規定されているとする説があります。1970 年代末に述べられた「文学の領域でも明治以降の日本では(中略)小説の特権的位置が当たり前になっていて、詩や戯曲は非常に狭いところに押し込められてきた」(『劇的言語』)という言葉が今も当てはまる状況があると感じています。近代小説と比べると、ドラマは確かに台本という形で文字テキストの要素をもちますが、他に役者(とその身体)、演技(またはパフォーマンス)、観客、舞台(物理的条件)などの重要な要素を含みます。これらは小説にはない要素です。その意味においてドラマは総合芸術であり、歴史的に見ても近代のメディアが登場する以前の時代においては、社会の重要なメディア・娯楽・儀式でありました。近代演劇の代表であるチェーホフとイプセンの作品は文庫本で読めるものはわずか。この劣勢を跳ね返し、ドラマの特質と面白さを多くの人々に伝えたいと思っています。一つの演劇作品は通常短いものですので、作品を全体的に捉える訓練、細部(ディテール)を全体と関連付ける訓練としても適しています。対象のサイズは小さいけれども、多様な視点から思い巡らすことができるのがドラマなのです。

  2. この世のものとは思えない言い回しが頻出する英語論文を読む力をつけるための訓練をする(この読みの力は研究にとても役立ちます)——英語ができるから英語論文が読んで理解できるかというとなかなか困難のようだと、これも学生諸君を見ていて思います。あなたはご自分のリサーチを日本語文献の範囲に、また母語文献の範囲に限定しようとしていますか。英語文献をリサーチしないでおいて、先行研究はないと豪語している学生も見かけます。とても残念だし、もったいないです。少し英語文献を覗いてみると、すぐに今まで知らなかった理論やアプローチが見つかることが多いからです。

授業の工夫

  1. 私自身はシェイクスピア研究に最も長い時間を割いてきました。その関係で近代初期の文化を学んできたのですが、その立場から、自分が授業者として教室文化をみるとき、一つ気がつくのは、学問の分化(compartmentalization)という現象です。西洋の近代初期の書物を読むと、文学、宗教、倫理、自然科学、政治など現代では分化した分野が混在としていたことがわかります。翻って教室で学生諸君と議論していて繰り返し思うのは、ある授業で扱うテキストとその分野には集中するけれども、他の分野や彼らが受講している他の授業との関連がまったくと言ってよいほど、発言の中に現れないという現象です。だから、自分の知識と経験を総動員してテキストに向かいなさいと、学生諸君にいうのです。それは通常は短い芸術形式であるドラマを私たちの世界や人生にとって、重要なものとして考えようという促しでもあります。
  1. 教科書を選ぶときには、類似の複数冊を吟味し、授業の限られた時間で読み進めて、最も内容豊かなものをと思って選びます。そのような選択基準だと、近づきやすいものや理解しやすいものを選ぶことにはならないことが多いので、受講学生の理解を助けるため、授業者の下ごしらえとアフターケアが必要です。シラバスに書いているように、授業前の準備を怠らず、授業後のフォローもできるようにしています。
  1. 英語論文を読む力をつけることもこの授業の目的の一つです。最近の学生諸君の英語学習への向き合い方は、リスニング力をつけること、会話力をつけることに関心があるようです。英語の本を読み切ったという経験が絶対的に少ない。彼らが自分は英語がそこそこできるというとき、それは外国を旅して困らなかったとか、日常的に英語ニュースを聞いているとかを意味するのだと、私は思っています。ですから、英語テキストを輪読する作業をするのは彼らにとってとても大変なようです。社会にはこのような訓練ができる場は少ないと学生諸君に言い聞かせながら、熟読の訓練を励まし、問題箇所は教員が安易に答えを言うのではなく、クラスで議論して解決に到ることが最善と思いながらやっています。また上記 1 の項目で述べたのと同様の現象が英語を読むということに関してもあります。学校文化の言葉で言うと、他の教科からは独立した知識・技術と無意識のうちに捉えてしまう傾向です。ですからここでも自分の知識と経験を総動員して英語を読めと言っています。
  1. 研究の概念、論文の概念、議論の概念の学習は、私の担当する前期の授業で行っています。研究テーマがなんであっても、これらは研究者として基本的に理解しておかなければならない事柄です。そのためにこれまで数種類の冊子を作ってきました。指導学生にはこれらを研究が進むごとに参照させます。一度教えただけでマスターできる学生はそういません。研究の各ステージで繰り返し学習する必要があるのです。資料の一部は、私のHPからアクセスできます。
    http://www.lang.nagoya-u.ac.jp/~muranush/list_of_documents_for_students.html

授業の目標

A. ドラマの特性を捉える能力を訓練する。

  1. 「場面/行為」比率(ケネス・バーク)が、シェイクスピアから近代リアリズム演劇(イプセンとチェーホフ)へ移行する数世紀間においてどのように変化したかを理解する。
  2. イプセンとチェーホフにおける比喩的語法(tropology)の違い。そこから、イプセンからピンターにつながる系譜が、チェーホフからベケットにつながる系譜が成立したことを理解する。
  3. ルネサンス的ロマン主義の演劇(シェイクスピア)、リアリズム演劇、ポスト・リアリズム演劇について、それらを相互に比較することによって、それらの違いを感覚的に理解する。
  4. 隠喩、換喩、代喩、反語の区別とそれらが演劇史の中で果たした役割を知る。

B. ドラマ・テキストの読解練習。演劇作品を考えるための視点をさぐる。

  1. イプセン『ヘッダ・ガーブレル』
  2. チェーホフ『桜の園』
  3. シェイクスピア『オセロー』

C. 英語で書かれた研究書を読む力を養う。

講義内容

目標 A について

Bert O. States, Great Reckonings in Little Rooms: On the Phenomenology of Theater(Berkeley: Univ. of California Press, 1989), pp. 58-79: Ch. 2 “The Scenic Illusion: Shakespeare and Naturalism” を輪読形式で議論の要点を捉えながら読み進めます。これは学期中、最も多い作業になります。すなわち最も多い回数になります。 前もって教員が作成した要約を配布しておきます。 授業での課題は、当番を決め、その日に読み進んだ箇所について教員版の要約をさらに補った学生版の要約を作成していただき、それを教員がまた加筆修正し、受講者全員にメール配布し、その日のテキストの内容理解を確認しながら進むという方法を取ります。

目標 B について

  1. 一学期に3つの演劇作品を取り上げディスカッションします。今学期はシェイクスピア演劇と近代演劇から 3 つの作品(日本語訳)を選び、参加者にあらかじめ「質問文」を作成していただき、集まった「質問文」を土台にして議論します。
  2. 質問文を作成する要領を示しておきます:

「質問文」は、三つあるいは四つの文からなる一つの段落になるよう構成する。すなわち、問いの焦点が絞れていること、かつ、作品についての自分自身の読み(情報、観察、感想など)が含まれていること。そのためには、ドラマというメディアの特性(脚本、役者、観客などの要素)に注意を払うこと、読み進めるなかで刻々と変化してゆく作品の印象を大切にすること(観客の視点、経験の重視)、作品の部分と部分の間の相互関係に注意を払うこと(構成)、自分がこれまでに読んだり観たりした芸術作品との連想にこだわってみること(間テキスト性)、他のクラスで学んだことを応用してみること(理論)などを忘れないこと。

  1. 質問文の例は、私のHP(「演劇作品について具体的に考える」)に過去の自作例を載せています。これを参考にしてください。

目標 C について

そのねらいを、上記Aの作業を通して追求します。

その他

ビデオ鑑賞。予定表には書き入れていませんがタイミングを見計らって、1学期に1〜2回実施。

教科書、参考書等

  1. 以下の3つの演劇作品

    • イプセン『ヘッダ・ガ − ブレル』原千代海訳、岩波文庫(岩波書店、1996)
    • チェーホフ『桜の園』小野理子、岩波文庫(岩波書店、1998)
    • シェイクスピア『オセロ—』松岡和子訳、シェイクスピア全集13、ちくま文庫(筑摩書房、2006)
  2. Bert O. States, Great Reckonings in Little Rooms: On the Phenomenology of Theater (Berkeley: Univ. of California Press, 1989)

スケジュール

講義内容
1 授業の導入
2 States,Great Reckonings in Little Rooms輪読(以下、GR)
3 GR
4 GR
5 イプセン『ヘッダ・ガーブレル』を議論
6 GR
7 GR
8 GR
9 チェーホフ『桜の園』を議論
10 GR
11 GR
12 GR
13 シェイクスピア『オセロー』を議論
14 GR
15 GR、期末テスト(レポート提出締切日)

講義ビデオ

講義風景

※この日はチェーホフ『桜の園』を取り上げました。受講生はあらかじめ質問文を作ってくることが宿題になっています。それをもとにクラス全体で議論します。

講義ノート

補助教材

自著新刊


投稿日

May 16, 2020