人体器官の構造(発生学)-2014

講師宮田卓樹 教授
開講部局医学部/医学系研究科 2014年度 後期
対象者医学部医学科2年生、3年次編入生人体器官の構造 (10単位うちの一部分をなす週4回全14回)

はじめに

「発生学」は毎年、最も劇的に、研究成果が教科書の修正や加筆につながっている分野である。再生医療や生殖医療など、社会的な討論のタネとなる話題もきわめて豊富である。つまり、みずみずしく生きている。また、「発生」はじつは「ガン」の「知恵袋」であるので、その営みを知ることが「ガン」の「悪知恵」を暴きその営みを封じることにつながる。加えて、医学科学生が学ぶ「発生学」には、発生過程をひとつの「正常モデル」として仰ぎつつ、のちに病理学、産婦人科、小児科、外科をはじめ、どの診療科でも対象となるであろう細胞レベル分子レベルでの病態について学習するという側面もある。組織学、生理学、生化学などで学んだはずの基本概念が発生現象の理解のため極めて重要である。2 年次の締めくくりとして、細胞たちの出会いと別れが織りなして進む「命のはじまり」・「からだづくり」の「大河ドラマ」を堪能されたし。

授業の工夫

医学科の「発生学」は、

  1. 肉眼解剖および組織学実習において人体の「構造」を学習してきた学生が、その「構造」の起源・成立過程を知る目的で受精以降の一連の形態形成について学ぶ。
  2. ヒト個体の生命の始まりとして発生現象を捉え、それを脅かす外的および内的因子について学び、診断および予防など将来詳しく学ぶべき対処的行為の基盤とする。
  3. 再生医療的研究の実情および将来性について学ぶ。

という「医学科」に求められる意識に裏打ちされている。すなわち、「到達目標」として、

  1. 自分達が 2 年次半ばまでに解剖した臓器あるいは検鏡した組織の構造がいかにして形成されたかを、各人の頭脳内にアニメーションが展開されるごとくに、説明ができること。
  2. 発生過程の障害に起因する疾患および「受精卵診断」「羊水穿刺」「絨毛生検」などの意図・方法を説明できること、また、対象によってはそうした形成原理を遺伝子やタンパク質の機能に基づいて説明でき、さらに場合によってはガン (の増殖・転移) やその他の病態 (免疫反応・炎症など) や生理現象 (創傷治癒など) と発生現象との共通点・類似点に思い至ることができること。
  3. 再生医療に関する基本的なことがら (例えば「幹細胞」「ES 細胞」「クローン胚」「iPS 細胞」「細胞治療」など、新聞紙上の常連的用語の意味と周辺情報) について発生学と関連づけて説明できること。

を掲げる。しかし、同時に、

4.「生きもの」に普遍的な現象としての「発生」とその原理を探求する「発生生物学」的な要素も講義全般を貫いている。種々のモデル生物の存在と特徴・利用価値を知るという目標達成に加えて、「今や教科書に書いてあり覚えさせられる」事象に関する過去の研究の歴史にも関心をもつことや、自分の眼で視た対象に対して「不思議に思う」あるいは「問う」こと

が学生に生じるような場づくりを心掛けている。そのため、先端の研究を行っている外来講師を積極的に招くとともに、講義室に「出張実習」的な観察体制を設けている。

講義室には 2 枚のスクリーンがある。片方のスクリーンは持参ノート型コンピューターおよび備え付けの AV 機器からの画像を投影するようになっている (通常パワーポイントスライドが写される)。もう片方のスクリーンには、研究室から持参したプロジェクターからの映像を写す。その「持参プロジェクター」には、持ち込んだカメラ、モニターを経由して、直接 (妊娠マウス、子宮内の胎仔) あるいは、実体顕微鏡による拡大をへて (生きたニワトリ胚、ゼブラフィッシュ胚、あるいはホルマリン処理済みの ES 細胞や iPS 細胞の標本、マウス胚から採取した発生中の器官・臓器など)、各種観察対象を供覧している。こうした顕微鏡観察は、投影のみならず、講義時間の一部や休み時間を利用して各自で直接に自分たちの眼で体験できるようにしている。実体顕微鏡には両眼で「立体視」という機能があるので奥行きを把握できる。この点に関して、シラバスに以下のように誘う: 教科書の「正体不明な図」が諸君の脳内において活性化され、「身体をつくるという尊い営みの様子を示すもの」と実感できるということを目指す。

内容

  1. 肉眼解剖および組織学実習において人体の「構造」を学習してきた学生が、その「構造」の起源と成立過程を知る目的で、受精以降の一連の形態形成について学ぶ。
  2. 個体の生命の始まりとして発生現象を捉え、それを脅かす外的および内的因子について学び、診断および予防など将来詳しく学ぶべき対処的行為の基盤とする。
  3. 再生医療的研究の実情および将来性について学ぶ。
  4. 発生生物学的研究手法の理解に努める。

達成目標

  1. 自分達が 2 年次半ばまでに解剖した臓器あるいは検鏡した組織の構造がいかにして形成されたかを、各人の頭脳内にアニメーションが展開されるごとくに、説明ができること。
  2. また、対象によってはそうした形成原理を遺伝子やタンパク質の機能に基づいて説明でき、さらに場合によってはガン (の増殖・転移) やその他の病態 (免疫反応・炎症など) や生理現象 (創傷治癒など) と発生現象との共通点・類似点に思い至ることができること。
  3. 発生過程の障害に起因する疾患および「受精卵診断」「羊水穿刺」「絨毛生検」などの意図・方法を説明できること。
  4. 再生医療に関する基本的なことがら (例えば「幹細胞」「ES 細胞」「クローン胚」「iPS 細胞」「細胞治療」など、新聞紙上の常連的用語の意味と周辺情報) について発生学と関連づけて説明できること。
  5. 種々のモデル動物を使った発生生物学的研究の成果がどのように人体の発生の理解に役立てられているか、またいかなる技術革新が研究を発展させるのに役立ってきたかについて、説明できること。

教科書など

Moore は図が多く、疾患に関する記載も手厚い。Langman はロングセラーならではの安定性を示す一方昨年出た改訂版では最近得られた発生生物学の知見がかなり盛り込まれている。Larsen は各章のサブタイトルが科学論文調 (「x は y から生じ z と融合する」など) でありまた「年表」のような時間経過一覧図が豊富で、トピック・現象の把握がし易い (訳本は第4版、原書は第5版)。また、最近得られた発生生物学上の知見がそれを導き出した実験手法や背景とセットで紹介されている。最近の教科書には動画やアニメーション付きの CD が添付されていることがあり、学習に助けになる。原書は

  1. 訳本よりも記載内容が新しい
  2. 図が訳本のそれよりも美しい
  3. 翻訳版作成時に時折起こる省略が一切ない

ので、買うまでの勇気がない人も眺める機会をぜひ持って欲しい。

発生生物学の教科書 (Gilbert や Wolpert のもの、英語版) などを参考にすると、「なぜ」を詳しく調べられる (動物の種を越えた普遍的な発生の原理と種によるちがいとの両方を意識した勉強もできる)。最新の日本語の参考書として「発生生物学がわかる」 (羊土社)、「ウィルト発生生物学」 (東京化学同人)、「エセンシャル発生生物学」 (羊土社) などがよい。毎回の授業で教科書や関連参考書,新書など多数供覧の予定.各種ムービーが種々のホームページ上に公開されていることが多いので積極的に訪ね歩いて欲しい (http://embryology.med.unsw.edu.au/など)。「再生医療」に関しては新聞記事が時流を知る参考になるはずである。高校生向けの「生物図譜」 (超安価、複数社から出版) は、人体の発生以外に、各種動物との比較のためにもたいへん有用である。生物選択の高校生の持ちうる知識の質・量を知るという意味からも、関心を寄せて欲しい。Wolpert は希望者に貸し出します。

どの教科書にも美しい絵が多数あるが、残念ながら、実物を見たことがなければリアリティの無い,ただの漫画としてしか脳はとらえられない (宮田が医学部生であったときの実体験)。その図に命を吹き込むために、例年、マウス、ニワトリ、ゼブラフィッシュ、カエルなどの胚の実物を講義室で供覧している。2 つあるスクリーンの片方には、毎回、実体顕微鏡とつないだカメラからの映像 (生きたあるいは固定した胚やその一部の) をライブ投影し、もう片方のスクリーンに進行するパワーポイントスライドと「協奏」させる。そして、講義時間の一部や休み時間に、各自が顕微鏡を両眼で「立体視」 (奥行きを把握できる) する。教科書の「正体不明な図」が諸君の脳内において活性化され、「身体をつくるという尊い営みの様子を示すもの」と実感できるということを目指す。

統括責任者

宮田卓樹 (細胞生物学、教授)

スケジュール

時間 担当教授 講義内容
1 平成27年12月18日 (金) 3時限 宮田教授

「発生をなぜ学ぶか」、「発生第1週から第3週: からだづくりのはじまり」、「胎膜と体腔」

キーワード: 受精、胚盤胞、着床、栄養膜、hCG、胎盤、原腸陥入、3胚葉形成、受精卵診断、ES細胞、クローン胚、iPS細胞、卵黄嚢、羊膜腔、羊水、羊水穿刺、胎児診断

供覧予定: 泳ぐマウス精子、マウス精巣・卵巣標本、妊娠マウス、子宮、胎盤、羊膜、各発生段階のマウス胚、など。

2 平成27年12月18日 (金) 4時限 川口准教授
3 平成27年12月24日 (木) 3時限 宮田教授

「発生第1週から第3週: からだづくりのはじまり」の続き

供覧予定: 発生中の (生きた) ニワトリ胚 (原始線条期、体軸形成期、など発生段階の異なるものいくつか)、ヒトES細胞

4 平成27年12月24日 (木) 4時限 非常勤講師
5 平成27年12月25日 (金) 3時限 宮田教授

「循環系の発生」

キーワード: 側板中胚葉、血島、心筒、心ループ、心臓中隔、卵円孔、動脈幹、臍動静脈、胎児血液循環

供覧予定: 各発生ステージにおけるマウス心臓 (固定標本、一部インク注入)、培養心筋細胞 (ライブ)、ニワトリ胚、ゼブラフィッシュ胚における心拍動および循環動態 (ライブ)

6 平成27年12月25日 (金) 4時限 非常勤講師
7 平成28年1月8 (金) 3時限 宮田教授

「神経誘導復習と脳形成その1: 領域化」

キーワード: 転写因子、Hox遺伝子、ホメオボックス、Wnt、Shh、BMP、FGF、neural crest、前後軸

供覧予定: 脳形成異常ミュータントマウスの歩行診断と脳標本観察

平成28年1月8日 (金) 4時限 非常勤講師
9 平成28年1月13日 (水) 3時限 宮田教授

「脳形成その2: ニューロン産生、移動、配置、回路形成」

キーワード: 神経管形成、組織極性、神経前駆細胞、リーリン、軸索伸長と反発、semaphorin、slit、netrin、ephrin、成体脳におけるニューロン産生

供覧予定: 脳原基のスライス培養標本、抗体染色を施した脳原基組織切片

10 平成28年1月13日 (水) 4時限 川口准教授 幹細胞: 非対称分裂、Notchシグナリング、エピジェネッティクスなど
11 平成28年1月15日 (金) 3時限 宮田教授

「泌尿器系の発生」

キーワード: 中間中胚葉、中腎、後腎、上皮間葉転換 (EMT)、間葉上皮転換 (MET)、GDNF、Ret

平成28年1月15日 (金) 4時限 非常勤講師
13 平成28年1月20日 (水) 3時限 宮田教授

「頭頚部の発生」

キーワード: 咽頭嚢、咽頭弓、鰓弓動脈、甲状腺、副甲状腺、胸腺、扁桃、下垂体、耳胞、内耳、眼杯、neural crest、placode、Hox、rhombomere、脳神経、顎顔面の骨・筋肉群

平成28年1月20日 (水) 4時限 非常勤講師
平成28年1月22日 (金) 3時限 宮田教授 追補、再生医療など
平成28年1月22日 (金) 4時限 非常勤講師

非常勤講師の講義内容 (案)

「中胚葉誘導、神経誘導」、「初期胚における軸の形成」、「内胚葉の分化と消化器系の発生」、「四肢の形成」、「性の分化・生殖腺の発生」、「中胚葉成分の分化とからだづくり」など。 追って通知します。

予習と真剣な聴講に基づいて非常勤講師の先生方に対して質問することは、諸君にとって一生ものの思い出となるでしょう。隙・疑念あらば問うという積極さ、または素朴な問いを発する「子供らしさ」をもって、ぜひ精一杯渡り合ってみてください。学童期以降に奥ゆかしさや群れを生き抜く「悲しい知恵?」として忘れ (捨て) 去った「公衆の面前での問いかけ」は、たとえ「プチおおやけの場 (講義室) 」においてですら、重く、諸君の中に大きなエネルギーが要ること、想像はします (宮田が医学部生であったときの実体験にもとづき)。ですが、知らないから問うのであって、失うものは何もありません。「子供らしさ」を発揮するのに年齢制限はありません。将来、患者からの問診という「問いかけ」を基本ちゅうの基本業務として行うであろう大多数の諸君にとっても、病や生き物に問いかける仕事に就くかもしれないごく少数派の人にとっても,やがて「口に出す問いかけ」は「給料をいただく身として絶対に行わねばならぬ基本業務」となります。「後者たる」ことを期待されて入学を許された諸君ならなおさら、今すぐ、全身全霊で「口に出す問いかけ」に挑むべきです。慣れてないだけですので、その気になりさえすれば、すぐできます。ストレッチ体操のつもりで、「何か尋ねるチャンスはないかと考えるのみの90分間」を過ごすこと、大歓迎です。諸君の授業料のモト、学部の非常勤講師費用のモトをとる意味からもぜひ「ホーム他流試合」を活かすべきです。大昔、「渡り合っ」た質問に「試験免除」で応えた年度もありました。何も質問がないと、きっと講師諸氏は、「名大医学部は元気がない」「頭良いはずなのに,たいしたことない」「残念だ」などと、密かに思われることでしょう。

講義ノート

第 1 回

第 2 回

第 3 回

第 4,5 回

第 6 回

※講義資料の一部に実際の臓器の画像が含まれます

出典リスト

講義スライドでは、以下の資料から写真などを引用しています。

  • Developmental Biology, 8th edition Scott F. Gilbert, SINAUER 2006

  • Priniciples of Development, 2nd edition, Lewis Wolpert, OXFORD 2002

  • Development of the Nervous System, 1st edition Dan Sanes, Thomas S Reh, William A. Harris eds, ACADEMIC PRESS 2000

  • A Child Is Born, Lennart Nilsson, Dell Publishing 1990

  • ラーセン発生学 (第 2 版) William J. Larsen (相川英三, 山下和雄, 三木明徳, 大谷浩 監訳) 西村書店 2003 年

  • ムーア人体発生学 (第 6 版) Moore and Persaud (瀬口春道 監訳) 医歯薬出版 2001 年

  • ラングマン人体発生学 (第 9 版) T. W. Sadler (安田峯生 訳) メディカル・サイエンス・インターナショナル 2006 年

動画資料

マウス動画 (別ウィンドウが開きます)

成績評価

レポート (実習や講義に関連して随時提出を求める)、筆記試験。


投稿日

November 25, 2015