宇宙物理学I

講師中澤 知洋 准教授
開講部局理学部/理学研究科 2023年度春学期
対象者理学部3・4年生

授業の目的

宇宙物理、天体物理は、身近な物理学を用いて、宇宙を理解しようとする学問である。本講義は、恒星や銀河、ブ ラックホールなどを題材に、その天体の性質を決定する背景の物理、さらにそれを理解する上で有用な物理法則を知り、「宇宙を物理の言葉で理解する」方法を学ぶことを目的とする。具体的には、重力で束縛されている系である恒星の熱力学的な性質や進化を学ぶとともに、その結果誕生する白色矮星、中性子星、ブラックホールといったコンパクト星につながる基礎物理を学ぶ。また現代宇宙論の基礎を導入し、インフレーション宇宙論の考え方を理解することを目的とする。

到達目標

学生が、天体の状態と進化を支配する基礎物理の方程式を把握し、これを実際の天体に近似的に当てはめて、その性質を半定量的に理解できること。具体的には、重力、力学、熱力学、輻射圧、フェルミオンの縮退圧の基本的な方程式を利用して、天体の性質を理解し、これにより宇宙の天体進化が本質的にカタストロフィックであることを理解すること。また、膨張する時空の力学の概要を理解することで、我々が宇宙のどのような時代に生きているのかを、宇宙論的視点で大まかに理解できること。

授業の工夫

宇宙物理学Iは、多くの3年生の大学生にとって、初めて接する「応用的な科目」になる。古典力学や統計力学、量子力学や電磁気学では、物理の方程式を学んで新しい概念を理解することが重視される。講義を受けることで知らなかった概念を学ぶことができる。しかし宇宙物理学Iでは「これらの基礎物理をきちんと理解しているか?」、「天体の状態を記述するのに応用できるか?」を問う。言い換えると、式は既知であるけれどもその理解は難しい。これはひとえに、このような応用に皆さんが慣れていないからである。本講義では特に2つの点を重視する。一つ目は「実際の数字を一つでよいから覚えること」である。例えば地表すれすれの円軌道を回る人工衛星を考えたとき、その速さは秒速 7.9 km である(第一宇宙速度)。これは天体(例えば地球)を与えた時の重力と遠心力の強さを示す数字である。二つ目は、物理の基礎方程式を「使いこなす」能力である。例えば上記の「表面すれすれの円軌道」の軌道周期は当然その天体の半径と質量に依存するけれども、式をまとめると「密度の平方根に反比例」することがわかる。地球の地表スレスレを回る人工衛星の周期は90分ほどであるが、その辺の石を拾ってきて丸くし、別の小石をその地表すれすれを90分で周回するように上手く手を離すことができれば、円軌道を回り続ける(もちろんこの石の密度が地球の平均密度と一致している時、かつ無重力化で真空が必要であろう)。重力がいかに弱いかを体験できる数値と言って良い。このように実際の数字を出しながら講義を進める。最初に出会う応用学としての宇宙物理を楽しんでほしい。

授業の構成・計画

自己の重力で束縛されている自己重力系の基本的性質、ガス圧と輻射圧と重力の方程式が支配する恒星の性質を理解する。次に、フェルミオンの縮退圧に支配される白色矮星、中性星の性質を理解し、そしてブラックホールとその周囲で起きること、ブラックホールのもつ独特のスケーリングを理解する。後半では、一般相対論的な時空を導入し、ビッグバンに始まる膨張宇宙とその力学、観測を説明するために必要とされる「インフレーション宇宙論」の概要を紹介する。

講義は以下の章立てで実施する。

  1. 重力の性質で探る宇宙
  2. 電磁放射(黒体放射と輻射圧)
  3. 星の物理学(熱力学とスケーリング)
  4. 星の進化と終末、コンパクト天体
  5. ビッグバン宇宙論の基礎

講義では、基礎的な物理を、しかし地上とは異なる現象に当てはめてその性質を理解することに重点を置く。その理解を助けるために、毎回の小課題や、授業中に問いかける質問を解くことが重要で、講義後に復習し、必要に応じて参考書などを調べて授業内容を十分理解すること。

宇宙物理では系のスケールが地上と全く異なる一方で、それを支配する物理の基礎方程式は地上でわかるものと基本的に変わらない。本講義では、新たに暗記すべき物理公式などは少ないが、物理の方程式に実際に数字を入れて計算することで、式の意味、すなわちの物理法則の本質を、半定量的に理解することを重視する。

成績評価の方法と基準

ほぼ毎回出す小課題(ごく簡単な計算や確認)、中間レポート、そして期末試験の点数で評価する。評価の基準は、講義で述べられた天体や宇宙の基本的性質を、概ね理解しているか否かである。例えば、期末試験は、高度な問題は必ずしも解けなくて良いが、授業中に学んだことの単純な発展問題は解けることを要求するため、そのような合格基準点とする。実際の配点、合格の基準点は、過去の実績に基づき、第1回の講義で説明する。

教科書

特に指定しない。必要な講義資料を配布する。

参考書

  • 宇宙物理学 高原文郎 朝倉書店
  • 岩波講座現代の物理学 _宇宙物理学 佐藤文隆 岩波書店 シリーズ、現代の天文学第1, 2, 7, 8, 11, 12, 巻(の一部) 日本評論社

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。


投稿日

May 19, 2025