精神医学-2016

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講師尾崎紀夫 教授
開講部局医学部/医学系研究科 2016年度 後期
対象者医学部医学科4年

授業の内容

精神障害の特徴は、中枢神経系高次機能の障害としての生物学的特性を有する点と、個人を取り巻く心理・社会的要素が環境因子としてその病態や臨床に影響する、という点にある。したがって、生物・心理・社会という多面的なとらえ方が、精神障害の理解においては重要である。

本講義においてもこの点に留意して、精神症状の把握・評価、検査、薬物療法を中心とした身体的治療、精神療法(心理社会的治療)、精神障害の成因論といった総論的内容と、身体により基礎付けられた精神障害から心理的側面の強い精神障害に至るまで、児童期から老年期の各ライフステージを踏まえて、各論的内容について理解を深めて行くことを目標とする。さらに、社会の中における精神障害という観点から、司法的側面や研究における倫理的側面についても言及する。

授業の工夫

名古屋大学は大学院大学化以降、大学院教育に重点が置かれている様に感じられるが、私は今でも卒前の学部教育は大きな比重を占めていると思っている。将来、精神科以外の道に進むものが大半を占める医学生に、精神医学を体系的に教えることは、自分にとって重要な役目であると考えているからである。残念ながら既に医師になっている方は精神科の特殊性を強調することが多く、「医師ほど精神障害に対する偏見を持っている職種はない」と思うこともある。

精神医学の卒前教育、特に講義において留意している点を列記すると、

  1. 精神障害に関する誤解や偏見が持たれてきたことを伝え、その解消が必要であること。
  2. 精神障害は、中枢神経系高次機能の障害としての生物学的特性を有する一方で、個人を取り巻く心理・社会的要素が環境因子としてその病態や経過に影響するという側面があること。
  3. 精神障害は頻度が高く、自殺等の大きな社会的損失をもたらしていること。
  4. 身体疾患患者は精神障害を合併する頻度が高く、精神医学的介入が身体患者の QOL 向上とその疾患自体の予後のために有用であること。

これらの基本的な概念を伝えた上で、各精神障害を論じるようにしている。

また一般の臨床医学で扱う疾患は、基礎医学の知識との関連が深く、特に病理学ではほとんどの疾患の基本概念が教えられている。ところが、精神障害は認知症などを除けば基礎医学ではほとんど扱われていないのが現状であり、学年が進んでから精神医学を初めて聞く学生が戸惑いを覚えるのも仕方がないところがある。今後日本においても、アメリカの様に行動医学といったものが基礎医学に取り入れられることが必要であろう。また、精神医学に関する見方、考え方は多様であり、そこに醍醐味があるのだが、学生向けの講義においては、基本的な考え方をある程度統一させずに多数の教員によって講義が構成されると、学生は混乱してしまう。したがって、精神医学に関する基本的な考えを、一人の教員が呈示した上で、複数の教員から違った見方があることを示すのが良いと考えている。その結果、我々の大学では精神医学の講義コマ数は 14 コマであるが、そのうち 7 コマは尾崎が担当して、一貫した基本概念を呈示する様に心がけている。

我々が精神医学教育を行った将来の医師は精神障害に対して公正な目を持ち、精神科医とともに精神科患者の診療にあたって欲しいと願っている。

達成目標

近年、医学教育における精神医学の重要性が強調されていることを裏付ける証左として、

  1. 精神障害の発症頻度は高いが、適切な医療的対応を受けていない患者も多く、大きな社会的損失がもたらされている
  2. 身体疾患患者は精神障害を合併する頻度が高く、精神医学的介入が身体患者の QOL 向上とその疾患自体の予後のために有用である

という事実が挙げられる。そこで、本精神医学講義における目標も、この二点を踏まえて、

  1. 頻度の高い精神障害の診断と対応
  2. 身体疾患と精神障害との関係

を習得することに力点を置く。

以下、各項目別の行動目標を掲げる。

《総論》

  • 精神障害の特性について、生物・心理・社会の多面的側面から説明できる。
  • 精神障害が、自殺等の社会的損失を引き起こし、臨床医学上いかに重要かを説明できる。
  • 精神障害の診断基準である DSM-5 について説明できる。
  • 精神科面接の要点を理解し、診療ができる。
  • 精神療法(心理社会的治療法)と薬物療法を主とした身体療法について、適応、方法、問題点を各々説明できる。
  • 精神障害に関する司法的側面や研究における倫理性について説明できる。

《各論》

  • 各精神障害の頻度、診断、治療、経過、病態を説明できる。
  • 各々のライフステージで生じる精神障害を説明できる。
  • リエゾン精神医学の特性とリエゾン精神医学における対応方法について説明できる。

成績評価

履修認定は、14 回の講義の半数以上(7 回以上)の出席によって行う。

教科書

教科書

  • 「標準精神医学」第 6 版、尾崎紀夫他編 (医学書院)- 改訂されたのが 2015 年と新しく DSM-5 に準拠しており、国内の専門家が分担した教科書

参考図書

  • 「DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル」高橋三郎, 尾崎紀夫 他訳 (医学書院): 診断基準のみならず、精神症候学的な知識や疫学的データ、経過などが盛り込まれており、米国学生の必読書の翻訳
  • 「精神神経薬理学大事典」 尾崎紀夫、兼子直訳 (西村書店): ほぼ全ての向精神薬について網羅的に説明してある。
  • 「基礎からの睡眠医学:尾崎紀夫、古池保夫、野田明子、中田誠一 (名大出版): 睡眠障害に関する書籍
  • 「精神科必修ハンドブック」堀川直史、野村総一郎編 (羊土社): 研修医向けだが、症例を含め、簡便にまとめてある。
  • 「精神薬理学エッセンシャルズ」Stephen Stahl 著 (メディカル・サイエンス・インターナショナル): 精神薬理を図解したもので、わかりやすい。
  • 「カプラン・臨床精神医学テキスト 第二版」カプラン他著、井上令一他訳 (メディカル・サイエンス・インターナショナル): 米国の最も一般的教科書の翻訳

精神障害について

  • 「自閉症スペクトル」 東京書籍
  • 「アルツハイマー: その生涯とアルツハイマー病発見の奇跡」 保健同人社

心と身体の関連について

  • 「心身症」成田善弘 著、講談社新書
  • 「こころと身体の対話」神庭重信 著、文春新書

科学の進歩と精神医学の関わりについて

  • 「脳 (ブレイン) バンク: 精神疾患の謎を解くために」 尾崎紀夫、入谷修司ら (光文社新書)
  • 「脳から心の地図を読む」 ナンシー・C・アンドリアセン 著、新曜社
  • 「海馬:脳は疲れない」 糸井重里、池谷祐二、新潮文庫
  • 「心はどのように遺伝するか」 安藤寿康 著、講談社ブルーバックス
  • 「心と遺伝子」 山元大輔 著、中公新書クラレ
  • 「心を生み出す遺伝子」 ゲアリーマーカス 著、岩波現代文庫

総括責任者

尾崎紀夫 教授

講義日程

平成 28 年 9 月 13 日(火) ~ 平成 28 年 11 月 2 日(水) 第 3 講義室

  • 第 1 時限 8- 50 ~ 10- 20
  • 第 2 時限 10- 30 ~ 12- 00
  • 第 3 時限 13- 00 ~ 14- 30
  • 第 4 時限 14- 40 ~ 16- 10

講義内容

(1) 精神医学序論

  • 精神障害の生物・心理・社会的側面、社会全体に大きな損失をもたらす障害であること、診断基準について講義する。
  • Key Words- 発症頻度、社会的損失、自死、身体疾患と精神障害、精神医学的診断、精神医学の科学性

(2) うつ病と双極性障害

  • 自死、就労困難などの問題を引き起こすうつ病および双極性障害の病態・症候・診断・治療に関して講義する。特にうつ病は発症頻度が高く、多くの身体疾患に合併する点にも留意する。
  • Key Words- うつ病、双極性障害、診断、治療

(3) 身体症状症、摂食障害、解離性障害、パーソナリティ障害

  • 身体的な症状を主とする精神障害である身体症状症、摂食障害、解離性障害及び境界性パーソナリティ障害を中心とするパーソナリティ障害に関して講義する
  • Key Words- 身体症状症、摂食障害、解離性障害、境界性パーソナリティ障害

(4) てんかん・精神科検査法:神経画像・生理学的検査

  • 精神症状を呈するてんかん(側頭葉てんかん等)の概説とともに、精神科で使われる検査法である神経画像 (CT,MRI,SPECT,PET) と生理学的検査 (脳波、事象関連電位) を中心に講義する。
  • Key Words- てんかん、CT,MRI,SPECT,PET、脳波、事象関連電位

(5) コンサルテーション・リエゾン精神医学、不安障害

  • 精神科と他科との連携すなわちコンサルテーション・リエゾン精神医学ならびに不安障害に関して講義する。
  • Key Words- コンサルテーション・リエゾン精神医学、一般身体疾患に伴う心理社会的問題、パニック症、強迫症、PTSD、社交不安症

(6) 統合失調症

  • 統合失調症の病態・症候・診断・治療に関して説明する。統合失調症に関し、誤解があり偏見の対象になってきた点、青年期に発症して多年にわたって障害をもたらすこと、近年の諸科学の進歩による病態が徐々に解明されつつあることを講義する。
  • Key Words- 統合失調症、呼称変更、診断、治療

(7) 精神疾患のゲノム研究の動向

  • 精神疾患の病因・病態の解明し、病因・病態に則した診断・治療・予防法の開発を企図した研究が全世界で実施されている。この様な精神疾患のゲノム研究の動向を講義する。
  • Key Words- 遺伝疫学、遺伝率、ゲノム、Common Disease Common Variant 仮説、Common Disease Rare Variant 仮説

(8) 睡眠覚醒障害、精神科薬物療法 (抗うつ薬、抗不安薬)

  • 睡眠覚醒障害と抗うつ薬・気分安定薬と抗不安薬・睡眠導入薬に関して講義する。
  • Key Words- 睡眠衛生、不眠症、睡眠時無呼吸症候群、睡眠覚醒スケジュール障害、ナルコレプシー、抗うつ薬・気分安定薬、抗不安薬・睡眠導入薬

(9) 小児の精神発達・児童の精神障害-1

  • 子どもの精神科治療における診断と評価、知的能力障害、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、チック症、児童期発症の統合失調症、うつ病と双極性障害、小児医学領域におけるリエゾン・コンサルテーション精神医学について講義する。
  • Key Words- 知的能力障害、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、チック症、児童期発症精神疾患

(10) 小児の精神発達・児童の精神障害-2

  • 乳幼児精神医学と小児の精神発達、選択性絨黙、愛着障害、習癖異常、睡眠障害、小児の神経症性障害 (恐怖症、強迫症、不安症、PTSD、解離/転換性障害、身体化障害)、摂食障害、不登校とひきこもりに関して講義する。
  • Key Words- 乳幼児・小児の精神発達、選択性緘黙、愛着障害、不安と強迫、心的外傷、摂食障害

(11) 精神科薬物療法 (抗精神病薬)、その他の身体的治療と精神医学研究 (分子病態)

  • 抗精神病薬とその他の身体的治療について講義する。
  • 患者・家族のニーズを踏まえ、現在の治療法・診断法では不十分な部分を打破し、病態生理に即した治療・予防法を見いだすことを目標に、ゲノム医学、神経科学、神経画像を用いた精神障害の病態生理解明研究が行われている。さらに、研究参加者の自主性重視や個人情報の保護といった倫理的配慮が重要である。この様な精神医学研究の動向、特に分子病態に関して説明する
  • Key Words- 抗精神病薬、気分調整薬、光療法、電気けいれん療法、精神障害の病態生理、モデル動物、iPS 細胞、ゲノム医学

(12) 精神医学研究 (画像研究)、精神科面接・心理検査

  • 画像を用いた研究に関して講義する。
  • 医師-患者の良好な関係に基づき、患者・家族のニーズを明確化できる精神科的面接の要点を説明する。心理テストについて説明する。
  • Key Words- 神経画像、医師-患者関係、患者・家族のニーズ、共感、支持、心理テスト

(13) 司法精神医学と心理社会的治療

  • 人権とインフォームドコンセントに配慮した司法精神医学、及び精神科治療の一つである心理社会的治療に関して講義する。
  • Key Words- 精神療法、認知行動療法、対人技能訓練 (SST)、心理教育、集団精神療法、精神保健福祉法、医療観察法、解離性障害、身体表現性障害

(14) 高齢者の心理的特徴と老年期精神障害、神経病理学

  • 高齢者の心理的特徴を概説するとともに、老年期精神障害の代表例として認知症、せん妄、脳器質性疾患、ならびに神経病理学に関して講義する。
  • Key Words- 高齢者の心理・精神的変化、高齢者の治療上の留意点、せん妄、アルツハイマー病、脳血管性認知症、びまん性レビー小体病、神経病理学

スケジュール

講義内容
1 精神医学序論
2 うつ病・双極性障害
3 身体症状症、摂食障害、解離性障害、パーソナリティ障害
4 てんかん・精神科検査法: 神経画像・生理学的検査
5 コンサルテーション・リエゾン精神医学、不安症
6 統合失調症
7 精神疾患のゲノム研究の動向
8 睡眠覚醒障害・精神科薬物療法 (抗うつ薬、抗不安薬)
9 小児の精神発達・児童の精神障害1
10 小児の精神発達・児童の精神障害2
11 精神科薬物療法 (抗精神病薬)、その他の身体的治療、精神医学研究 (分子病態)
12 精神医学研究 (神経画像)、精神科面接、心理検査
13 司法精神医学、心理社会的治療法
14 高齢者の心理的特徴と老年期精神障害
15 まとめ

講義ノート

総論


投稿日

April 29, 2020