タグ「教授」には 7 個の授業があります.

大阪大学、基礎生物学研究所を経て、名古屋大学では理学部生物学科と遺伝子実験施設でそれぞれ助教授、教授として合わせて18年間お世話になりました。若き日に生物化学者にあこがれて大学の理学部に進み、大学院生として主に研究所で育ち、研究者として研究所で研究に専念し、名大にお世話になってからも4年間の学部教員の後に、遺伝子実験施設で博士研究員中心の研究室を持ち、研究専念の幸せな研究者人生を送ることができ ....

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1969年に名古屋大学に入学して1975年に卒業しましたが、教授として赴任したのは1997年です。いわゆる「東大安田講堂の攻防」があり東大入試が中止となった年に入学してから6年間の学生生活は、それまでの私の人生になかった疾風怒濤の時代であり、また大学にとってもダイナミックに揺れ動いた時期でした。1984年から5年間のニューヨークスローン・ケッタリング癌研究所での留学時代、1989年からの長崎大 ....

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私は昭和50年名古屋大学医学部を卒業し、内科医として計4年勤務後、母校に血液内科医として戻ってきました。その後、免疫学教室に移り、研究と教育に従事しました。英国への留学、国立長寿医療研究センターと多彩な場所での研究生活を送り、最後に10年間母校の教授ができたことはとても恵まれていました。私が卒業した頃と現在を比較しますと、研究の面でも医学の臨床の面でも、とても進歩しました。日本中の人が世界に追 ....

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私が名古屋大学法学部に助手として採用されたのは1979年4月であり、この3月で勤続37年ということになる。ただしその前に大学院生として5年間在籍したこともあり、名古屋大学での私の生活は42年となる。まだ大学紛争の熱も冷めやらぬ京都大学を卒業し、本学の大学院に進学した私にとって、本学の雰囲気はとても平穏であり、ここで、横越英一先生をはじめとする素晴らしい指導教授の下で研究に没頭できたことは、 ....

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平成25年の4月に旧太陽地球環境研究所の教授として京都大学より赴任し、5年の歳月が瞬く間に過ぎました。私の専門は太陽地球系科学で、その中でも特に地球の磁気圏の中で起こる爆発現象であるサブストームとそれを駆動する磁気リコネクションと呼ばれる物理過程の解明に取り組んできました。平成27年度に再編された宇宙地球環境研究所は、地球温暖化や極端気象、また、太陽面爆発に伴う宇宙機の損傷、 ....

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昭和53年より名古屋大学大学院医学(現、医学系)研究科生化学第二(現、分子細胞化学)研究室に大学院生および助手として合計で9年間在籍し、その後平成20年よりに名古屋大学大学院生命農学研究科栄養生化学研究室に教授として約11年間務めました。従いまして合計で約20年間もの長い間名古屋大学にお世話になりました。私の専門は、生化学を基礎とした栄養学ですが、名古屋大学で研究を実施できたおかげで、自身のラ ....

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私は、1976年金沢大学医学部卒業後、しばらくは臨床に従事してきましたが、1981年シカゴ大学への留学を機に研究に携わることになりました。そして、留学中に名大環境医学研究所(環研)からお誘いがあり、1984年から約30年間環研で医学研究を続けてきました。1997年には教授に就任しましたが、翌年松尾総長により招集された「名大の将来を語る会」の第1期メンバーの一員として加わることができ、医学部のみ ....

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